春風がざわめく頃に

f:id:moooonlights:20200607145219p:image

 

この九つの短歌はもともとは宛名のない短歌で、誰かに宛てようと思えば誰にでも送れる短歌にしようと思って詠んでいました。個人あてというよりは、実際には事象に対して詠んだものの方が多いです。

この先の文章では、九つの短歌を詠んだときの心情や背景を書き連ねていきます。だいぶ不親切なことをしている自覚はあるのですが、詠んだときに思い浮かべた人物や出来事の詳細は伏せてあります。とはいえ、わかる人にはわかってしまう仕様です。

 

そして先に断っておきますが、あくまでもこの文章はわたしの備忘録になるものなので、読んだからなにかいい情報が手に入る〜とかそういうものではありません。

 

それでもよろしければ、お付き合いください。

 

**********

 

春雷が胸を貫いた瞬間をぼくは一生忘れないだろう

最近、春雷という言葉を知った。調べたら、春に鳴る雷のことをそう言うらしい。そのまんまだなぁと思っていたら、その少しあとにわたしの元に雷が落ちてきた。4月になる少し前のことだったかな。それはもうまっすぐに、わたしの心臓をひと突きしたのだ。あのときのことを、わたしは忘れないと思う。忘れるわけにはいかないと思う。

そしてあのとき(あのときというのは音楽番組に出演し挨拶をしたとき)の彼の顔を、声を、わたしは忘れないと思う。

 

目について悔しいほどに焼きついたひかりに似ている君はとうとい

半年以上前に思いついた下の句をずっと持て余していた。君が尊い存在であることを歌いたい、どうしたらいいものかと思いながらこの15文字を咀嚼してできたのが、この32文字だった。君がひかりに似た存在であることは周知のことではあるが、ではなぜ君はひかりに似ているのだろうか。

ある日あるとき、ステージに立つ君を見た瞬間から、わたしは君の姿を忘れられなくなった。まるで日中に太陽を直視したあとのように、そのまぶしさがまぶたの裏に焼きついたみたいだった。まぶしすぎるから見てはいけないとわかっていても、見つめずにはいられないのだ。君には「希望の光」という言葉がよく似合う、ほんとうに。

 

ぼくのこのつよさはときにやさしさできみを救えたらいいなと思う

これは1年前に詠んだ短歌だった。漠然と思ったことが短歌の形になり、その形が1年経って意味を伴ってきたパターンである。詠んだ当初は、わたしの強さが好きなアイドルを支える力に少しでもなればいいと思っていた。つまり一人称はわたし自身で、二人称はわたしが支えたい君だったのだ。

それが1年経って、前述の気持ちは変わらないものの、短歌の主人公になる人が別に現れたのだ。彼は、それはそれは強いひとで、魂がとても熱かった。以前彼の仲間が怪我をしたときに「傷口見た方が燃えるタイプっすもんね」と声をかけていたことを思い出した。今も、同じ気持ちだろうか。今も君のつよさは、変わらず誰かを救っているのだろうか。君はそうして、誰かを守るためにつよくあるのだろうか。

 

ひとりでに散りゆく姿に誓うこと 来年もまた会いにきますね

今年もまた、桜が咲いていた。そして誰に見守られるでもなく、散っていった。昔、国語の授業で桜の色について習ったことがある。それは、綺麗な染物のピンクが桜の花びらではなく幹から取り出した色だと知り、主人公が驚くシーンだった。桜がみせるその美しい色は、一年のうちの花が咲くとても短い期間にしか表出されない。けれども花の咲かない期間にも、桜はその色をずうっと作り続けて幹にためている。だから染物では桜の幹から取り出した色を使っている、というものだった。もうずっと前のことなので記憶が曖昧になりつつあるのだが、このこともあって桜を見るたびに彼らのことを想っている。彼らがずうっと蓄え続けてきた色に想いを馳せている。

今年はお花見ができなかったから、来年はちゃんと桜を見に行きたい。また桜が舞う頃に、君たちに会いたい。

 

ねぇいつか君は言ったね僕たちは離れていてもこころはひとつ

ライブの中止が決まって発表のコメントを読んだときに、祈りを込めて詠みました。この不安定な情勢下で彼らが言ってくれた言葉を反芻することで、わたし自身を鼓舞する意味を込めています。

そして後付け的にもうひとつ意味を込めました。それは、彼らが言ってくれた言葉をそっくりそのまま返すことで、君をひとりにはしないと伝えること。たとえ会えなくても、近くにいなくても、こころはひとつだと思いたい。思っていてほしい。ひとりではないと伝えることで、君を守りたい。これは私のエゴかもしれないけれど。

 

見覚えのない青あざの痛みさえどこかに置いてきちゃったらしい

ふと、自分の体を見たらあざができていた。いつできたのかもわからないあざや傷がたまにある。幸い、あざを押すと若干の痛みがあったのでよかった。特に根拠はないのだけれど、押しても痛みを感じないあざは末期だと思っているので…。大人になるにつれて、怪我や傷に対する感覚が鈍くなったように感じる。こうして痛みに鈍感になっていって、いつかなにも大切にできなくなってしまうのかな。

 

月の裏側を見たことありますか私の知らない恋をしていて

ふと、空を見上げたら丸くて綺麗な月が浮かんでいた。日本ではお月様にうさぎが住んでいて餅つきをしている、なんて言うけれど、国によってはカニがいたりと違う見え方をするらしい。そもそもわたしは日本にいても月にうさぎなんて見たことないのだけれど。同じものを見ていてもそれを見る角度によって解釈が変わるのだから、みんなが同じものを見て生きているだなんて、そんなはずがないんだ。

わたしの見ているものと君の見ているものは別物だもの、わたしの知らない君がいたってなにもおかしくないんだよ。だから恋のひとつやふたつ、していてほしいな。

 

星空を眺める君の瞳には幾つの闇が映るのだろう

これは唯一の例外で、1年以上前に特定の人物に宛てて詠んだアイドル短歌です。どうしても彼には暗めの短歌ばかり宛ててしまうので人に見せる形にするのは控えていたのだけれど、今回のまとまりの中では浮かないと思ったので組み込みました。事務所初の院卒、グループ随一のインテリ、気象予報士、朝の情報番組のリポーター、いくつもの輝かしい肩書きを持っているけれど、それらを得るまでに彼が見てきた光ではない部分にどうしても想いを馳せてしまう。星は暗闇にあるから輝いて見えるんだね。

 

この世には止まない雨はないからさ君が泣かない理由もないよ

いつどうしてこの短歌を詠んだのか正直覚えていないのだけど…生きる上で喜びや楽しいといった感情だけを抱くことは難しいはずで、怒りや悲しみ、悔しさ、切なさ、他にもたくさんの感情が湧くこともあると思う。アイドルだって人間で、わたしたちももちろん人間で、いろいろな感情が複雑に絡みながらも生きるという営みをしている。みんなを笑顔にする、幸せにすると約束するような職業をしているとプラスの感情ばかりに目がいったり、楽しいことや嬉しいことばかり共有しがちになってしまうけれど、それ以外の感情も同じように大切にしてほしいな、と思っている。泣いても、怒っても、悔しがっても、嫌がっても、いいんだよ。嫌なことには嫌だと言っていいんだよ。そういう気持ちも共有して、一緒に歩んでいけたらいいなと思っているよ。

 

*********

 

今回の九首の短歌は、あえてタグをつけませんでした。タグづけは多くの人に見てもらう方法のひとつで、同じ事柄に興味を持つ人と繋がれるとても便利なツールだと思います。けれど、この短歌たちにタグは必要なかった。多くの人に見てもらう必要も、これを通して誰かと繋がる必要もなかったから。それでも思っていた以上に目を通してもらえて、うれしかったな。

 

*********

 

さて、ここまで読んでくださりありがとうございました!なにかいいことがありますように〜!星型のピノが入ってる、とかね

 

 

2020.06.14  むつみ